CDグルメ:祐の試聴記
   No.100  [2002. 5.15 掲載]



 1998年の7月に神蔵美子(かみくら・よしこ)という写真家を取
材したことがある。彼女が発表した『たまゆら』という写真集につ
いて取材するためだった。その写真集というのは芸能人や文化人の
男性を女装させスタジオで撮影したもので、番組的な取材の焦点と
しては女装というテーマだった。しかし実際に会ってマイクを向け
ているうちに個人的に興味を持ったのは、それを撮影して写真集に
しようという写真家、しかも女(ここ、をんな、とルビをふりたい
ところ)自体だった。
 その本の巻末にある神蔵さんの経歴を見ると、僕と一才違いで慶
応大学文学部国文学科卒業。4年ほどニューヨークに住み、写真や
シルスクリーン、ビデオアートを学んで帰国。1990年には「日本写
真協会新人賞」を受賞している。
 しかし、その写真集も、実際に会った神蔵さんのインタビューも
個人的には食い足りない印象が残った。もっと奥に何かがある匂い
がぷんぷんしているのに「今回、それはなしね」という暗黙のエキ
スキューズがあったように思ったからだ。

 そして、今年の4月。その神蔵さんから新しい写真集が出る、と
いう知らせがあった。「1998年の暮れ。うつむいているわたし
」という写真が刷られた葉書だった。なんとなくぴんと来て購入し
てみると、これは相当いい一冊だ(『たまもの』筑摩書房)。

 平たく言えば、神蔵美子が二人の男との間で揺れ動いていく心象
風景を、私小説的に綴った文章付きの写真集である。写真は、だか
らその男二人や風景が多い。神蔵美子も時々写っているのだが、誰
が撮ったのだろう、いい写真だ。自身で書いている文章の、落ちつ
いていながら活き活きしている感じがすごくいい。しかもたとえば
「電話した」と「でんわした」が数行の間に混在しているなど、推
敲して作り上げていない良さ、生々しさが、相当な小説家でも太刀
打ちできない何かを表現してしまっている。1枚1枚の写真は雑多
だが、一冊の写真集として流れを持ち響き合っているという点でか
なり出色の出来ではないだろうか。
 最初から意図して、作ろうとして作れる種類の表現じゃない。表
現としてギリギリのところで、これしか成立するやり方がなかった
、という切実さがあり、それがすばらしい真実に到達している。そ
の真実とは「自我」とか「男と女」とか「表現する」とか、もっと
言えば「生きていること」ということについてだけれども。それは
神蔵美子本人を救い、また読み、見ているこちらも、ある種のカタ
ルシスへと導く。そういった点で写真集というよりもむしろいい映
画、あるいは緻密なドキュメント作品を一本見おわった感覚がある
一冊だ。
 感動みたいなものも受けたし、個人的にかなり衝撃があった。

 それにしても、とても現実的なことを言うのだけれど、この写真
集『たまもの』の2800円という値段。日本の多くのポップスや
ロックのアルバムCDが3000円程度の現状を見ると明らかに安
い。“表現”という本質的な部分でもモノとしての値段でも、突出
していい。良かったら見てください。







496  ナンバーガール『NUM HEAVYMETALIC』
 (東芝EMI TOCT−24764 ¥2500)
 九州出身のロックバンド。ボーカル/ギターの向井秀徳が全部の
曲も書いている。2001のフジ・ロック・フェスティバルで生も
聴いているが、ギターの田渕ひさ子、ベースの中尾憲太郎、ドラム
のアヒト・イナザワのプレイがそれぞれ存在感があって、特に前半
のプレイはなかなか良かった。
 全11曲、ある意味で和のロックだ。言葉も音もフレーズもキレが
あり、前ノリのビートが気持ちいい。ナンバーガールとかイースタ
ン・ユースは、僕にとって日本のロックという言葉で今のところ最
初に浮かんで来るバンドで、その良さが今回うまくアルバムになっ
たと思う。音は低域の押し出し、解像度ともよく、荒ぶったギター
の音やドカドカなドラムなど、ノリがよく出ている。
 FMの番組でこのアルバムのtk.3をかけた時、僕の横に座ってオ
ペレートしている二十歳そこそこのミキサーがうれしそうに「僕、
ナンバーガール好きなんですよ」と話しかけてきたので「いいよね。
問答無用にカッコイイよ」と答えると「でも、FMでかかってい
るのを聴いたことがないです」と言われた。いいバンドなのになぁ。









497  TAKE 6『ビューティフル・ワールド』
 (ワーナー WPCR−11244 ¥2520)
 1998年デビューのアメリカのソウル・コーラス・グループ。これ
で11枚目のアルバム。彼らの、テンション・コードのたくさん入っ
た6人コーラスの魅力はいつもどおり。プロデュースはマーカス・
ミラーでところどころに“らしいサウンド”が出てくるが、メイン
はテイク6というスタンス。オーヴァ・プロデュースしていないと
ころはやはりマーカス。音はさすがにいい。特にバック・トラック
の低域のしなやかな正確さはアルバム『Mスケアド』そのままだ。
 そしてこのアルバムの最大の特徴はその選曲だろう。2001の9/11、
同時多発テロを受けてストレートにレスポンスしたアルバムだと
思う。tk.1はドゥビー・ブラザースの「テイキン・イット・トゥ・
ザ・ストリート」で、職業・立場が違っても人々が様々な意味でひ
とつになるという曲。tk.2はカーティス・メイフィールド( インプ
レッションズ在籍中のだが) の「ピープル・ゲット・レディ」。チ
ケットなしで天国に行ける、という内容。tk.3はビル・ウィザース
の「マザーズ・ハンド」、tk.4はスティーヴィー・ワンダー「ある
愛の伝説」、tk.5はドナルド・フェイゲンの「I.G.Y 」のメロディ
を使って新たに歌詞を書き換えた「ビューティフル・ワールド」、
TK.6はピーター・ガブリエルがケイト・ブッシュとデュエットした
「ドント・ギブ・アップ」……。以下、スピリチュアル・ソング、
ダニー・ハザウェイ、スティングの「フラジャイル」、ゴスペルの
スタンダード・ナンバーなど。ある意味、わかりやすい曲が並んで
いる。
 そして問題はそれが単に商業的成功狙いのあざといものなのか、
心の入った歌になっているか、という点だと思う。その点ですごく
いいのだ。このCDの帯でも使われいるが「癒しの音楽」という良
く使われることば。ほんとうに「癒し」のこのアルバムのような場
合、その音楽はむしろ痛い。単にリラックスできる、というもので
はないはず。“痛い”1枚だ。
 特にtk.6「ドント・キヴ・アップ」、tk.8のダニー・ハサウェイ
の「いつか自由に」をフィーチャリング・ヴォーカルで歌うレイラ・
ハサウェイ( これはマーカスらしいサウンド) 。マーカスの作っ
たイントロ曲から繋がっていく「フラジャイル」など名演だ。







498  MR.CHILDREN
  『IT’S A WONDERFUL WORLD』
(トイズファクトリー TFCC−86106 ¥3059)
 ミスチルの10枚目のアルバム。メジャーなバンドで売上もいって
いると思うので簡潔に紹介しましょう。プロデュースは小林武とミ
スチル自身。いいのは3点。
 まずひとつひとつの楽曲がいい。いいメロディといい歌詞(毒と
いうか、苛立ちがある)。ポピュラリティのあるレベルの高い佳曲
が並んでいる。
 そして、アルバムとしての流れがいい。これは以前から小林武プ
ロデュースのミスチルのアルバムでは見られたことだ。当たり前の
ようで、実は日本のポップ/ロックでは、構築されたアルバム世界
を持つものは少ない。そしてアルバムタイトル通り、全体として意
味するところ、目指しているものがいい。
 第3に音がなかなかいい。シングル曲もいろいろ入っているので
一概に言えないところもあるが、低域の深い感じが音場の感じや、
上に乗っている楽器/歌/コーラスを生かしている。
 聴きおわって苦い感じの残る1枚だ。







499  ローリン・ヒル『MTVアンプラグド』
(ソニー SICP−135〜6 ¥3150)
 フージーズのラッパー/ヴォーカル、ローリン・ヒルのソロの2
作目。8曲が新曲で1998年のアルバム『ミスエデュケイション』以
来の、ある意味オリジナル・アルバムと言える内容のものだと思う。
たしかにMTVアンプラグドだから電気楽器を使わないのだけれ
ど、ほとんどを自分の弾くギターを伴奏に歌ったり、ラップしてい
るスタイルは特異だ(終わりの方でちょっとだけパーカッションを
叩いているだけ)。
たとえば、ラジオ番組でも一番大切なきちんと伝えたいことの場
合 はバックに音楽やSEは流さない。素でしゃべるわけだけど、そう
いう感じのするギター弾き語りのスタイルだ。歌っている内容につ
いて触れたいところだが、あまりに膨大なので、一言、ローリンは
本気でソウルをやっている、とだけ書かせてもらおう。僕の言う、
リアル・ソウルです。
平たく言えば、これだけ膨大に言いたいことがあるアーティスト
も 今時、珍しい。神蔵美子の『たまもの』級に真実がある。
 ちなみに収録は2001年7月21日で、なぜこんなにリリースが遅い
のか理由はわからない。それに5月の連休明けのリリースというの
は、レコード会社的にはあまりいい時期じゃないと思う。
 日本のMTVでも5月31日、6月3日と4日の3回放送されるこ
とがCDのライナーノーツにも書いてあるが、放送時間は1時間。
それに対して、CD2枚組のこれは1時間50分近い収録時間で、し
ゃべりや歌詞もほとんど全部訳されている。今回のレコード会社の
ディレクティングは最大に評価されていいと思う。
 何しろローリンの声と、ローリンの弾いているアコースティック・
ギター、そして観客の拍手や声だけのアルバムなのだけど、プレ
イのニュアンスや客席の空気感などよく出ている録音である(ただ
し、客席とローリンの位置関係はおかしいが)。音として単調じゃ
ないかと危惧される方もいるかもしれないが、一旦聴きだすと、つ
いつい聴いてしまういい内容のライヴです。つまり、ローリンが最
初っから最後まで本気なんだと思う。
 蛇足を言わせてもらえば、リンキン・パークの去年のライヴでも
中間で一曲、たった一人でステージに残ってギター弾き語りでやっ
た歌があったが、日本のヒップ・ホップでギター弾き語りができる
人、そこまで切羽詰まって伝えたいことがある人っていったい(何
人)いるんだろうか。








500  フィリッパ・ジョルダーノ『ロッソ・アモーレ』
 (ワーナー WPCS−11260 ¥2520)
 1974年、イタリアのシチリエ島生まれのボーカリスト。クラシッ
ク的な発声法を幼年期に教わりながら、ティ-ンネイジャーの頃、
マドンナやホイットニー・ヒューストンとの出会いが、“ポップ・
ソプラノ”というスタイルを形成したらしい。これが2枚目のアル
バムで、全16曲中(終わりに隠しトラックがあるが)3分の1がク
ラシックのレパートリー。マルティーニやプッチーニ、ヴェルディ
の曲を歌っている。あとは現代の曲。新しく作れたものもあるが、
エンニオ・モリオーネの曲も歌っている。
 クラシックとポップスの間の位置としては、アンドレア・ボチェ
ッリよりも、ポップス寄りの人だと思う。サウンドもその傾向を忠
実に踏襲していて、打ち込みの音が多めになっている。オーケスト
ラのストリングスは音像、音量ともに控えめだ。ただし、打ち込み
の音質のレベルはもう少し上げてもらいたい気はする。
 声自体にふくよかさ、艶やかさなどの魅力があるし、気持ちの伝
わってくる歌なので多くの人に好まれる、聴きやすい音楽だ。



〔オーディオについて 2万分の1秒の、音の姿〕

 現行(というか、既に1世代古いという言い方もできるけど)C
Dのサンプリング周波数は44.1kHz 。それが左右の2チャンネル分
なのでCDの高域の再生限界はだいたい20kHz ということになって
いる。これは言い換えるならば、CDのデジタル信号というのは時
間軸的に言えば、1秒間を2万に分けたワクで捉えているというこ
とだ。

 1秒を2万分の1に分ける。これ、どこかで聞いた話である。そ
う、カーオーディオでは左右のスピーカーを聞き手の頭から同じ距
離にするのが難しいため、近い方の信号経路の中にデジタル・ディ
レイをかけて時間軸を合わせるやり方がある。いわゆるタイム・ア
ライメント。これの、今のところの最小が2万分の1秒、という単
位である(もっと荒かったりもするが)。
 これ、最近気がついたのだけど、現行CDフォーマットのとりあ
えずの限界だったんですね。音の進むスピードは1秒間に340メ
ートル。ということは、2万分の1では、1.7センチメートル相
当である。つまり現行CDフォーマットの最小の時間軸の単位をひ
とつ分遅らせて発音させると、そのスピーカーユニットを1.7セ
ンチ遠くにセッティングしたのような再生になる、という仕組みな
わけだ。ふむふむ、そうは問屋が卸さないという話は以前にしまし
たが。
 これ、左右のチャンネル差を補正する単位としては、けっこう細
かい気がする。しかしある場合に、セッティングの最小単位として
はかなりでかい数字なのだ。

 ホームのオーディオマニアの方がいろいろなユニットを使ってマ
ルチアンプでスピーカーを鳴らしたりする時に、特にツイーターユ
ニットの位置のセッティングについて言うのは「ミリ単位で動かす
」というものである。僕自身の体験や、ネットサーフィンしていて
みつけたサイトのスタジオのエンジニアの書いてあることには、2
ミリ単位でセッティングする必要がある、というのがひとつの結論
である。

 つまりです。奥歯にものの挟まって楊枝が見つからない様な言い
方はやめてハッキリ書きましょう、1.7センチという単位はツイ
ーターユニットの音の出る位置をセッティングする単位としては、
大きすぎる。一桁(ヒトケタ)、でかい。

 そして、今のところカーオーディオのタイムアライメントを操作
する機械(僕は、簡単にDSPという言葉を使っていますが)はそ
の1.7センチが最小単位、というわけですね。ツイーターの、ミ
ッドウーハーとかスコーカーとの位置関係は、ずばりそれぞれのボ
イスコイルの位置を合わせるか、1.7センチ単位でずらすように
ユニットを設置しないと、原理的にはうまくいかないんじゃないか、
という話(つまり、そういうように作ろう、としているわけです。
これ、いろいろと大変なんですけど)。
 
 ところで、そういう生ぐさい話は置いておくとして、見えない音
を見えるように把握する、というのが僕の究極の目標のひとつなん
だけれども、現行CDのフォーマットでは音の長さのひとつの単位
が1.7センチの長さを持っている、というのは視覚的なイメージ
を持てる話じゃないだろうか。
 また、低音が長い波長を持ち(たとえば、40ヘルツは8.5メ
ートル)、たくさんのサンプリングのワクを使っていながら、なか
なか正確に再生されないっちゅうのも逆説的で面白い。

 ハイサンプリングとか、ジッターとか、2倍とか4倍とか、最近
ホームオーディオ関係で会話する時に良く出てくる言葉なんだけれ
ども、44.1kHz っていうサンプリング周波数、今となっては使い古
された感じが逆に好きになってきている。こんなロートル・フォー
マットでありながら、いったんハードディスクにCDデータを読ま
せて、そこから再生した音のすばらしい正確さに、先日も驚愕した
ばかりです。あれ、本気でいい音だったな(当然44.1kHz のサンプ
リング周波数のままで、オーディオ・クオリティに作ったハードデ
ィスクの機械とDACとして使ったDCD−S1“イケオンZ20
1仕様”の間はRCAの同軸ケーブル1本接続なのに)。
 ああいうものをdCSのエンジニアたちはどう説明するのだろう
か。聴いてもらって感想を聞いてみたいものだ。